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『統一地方選』の前哨戦で「公明党」「国民党」「立憲党」「共産党」が四つ巴|茨城県議選


【政治報道】 令和四年十二月十一日に『茨城県議選』が投開票された。来春『統一地方選』の前哨戦に位置付けられた重要な選挙。投票率=三十八.五四㌫。当日の有権者数=百九十二万五千七百六十六人


三十二選挙区・六十二議席に、九十八人が立候補。議会の七割を占めていた自民党は選挙後も維持。但し、現職が十人も落選した。参政党は議席を獲得できなかった。若者・若手は八名が当選。「かすみがうら市」では、無所属・三十四歳が自民・六十四歳を破った(二千五百九十五票差)。「美浦村・阿見町」では、立憲・二十七歳が自民・七十九歳に惜敗(一千三百九十四)だった。


  1. 自民党=三十五議席

  2. 無所属=十五議席

  3. 公明党=四議席

  4. 国民党=三議席

  5. 立憲党=二議席

  6. 共産党(▲一議席)、維新の会(初)、地域政党「つくば・市民ネットワーク」(初)=一議席



<実数>

 以下は、党派別の得票数と得票率。

  1. 自民党=三十三万六千八百六十七票(四十六.〇二㌫

  2. 無所属=二十三万七千三百五十八票(三十二.四二㌫

  3. 公明党=三万五千七百二票(.八八㌫)

  4. 国民党=三万六千四十三票(.九二㌫)

  5. 立憲党=三万四百七十四票(.一六㌫)

  6. 共産党=二万九千百十四票(.九八㌫)

  7. 維新の会=一万三千四百七十八票(一.八四㌫)

  8. つくば=八千七百九十七票(一.二〇㌫)

  9. 参政党=四千百九十七票(〇.五七㌫



後、半年を切った『統一地方選』。今回の得票率をそのまま当てはめるならば、岸田内閣の支持率は三十㌫台であるものの、自民党が大勝する可能性がある。実質的な対抗馬は無所属。


公明党・国民党・立憲党・共産党は四つ巴の様相を呈しており、一波乱が起きそうだ。特に国民党の玉木雄一郎(己酉)代表の応援演説は奏功し、立憲党を上回った事実は大きい。国民党:立憲党は衆議院で十:一、参議院で四:一。



痛恨の参政党

 他方、維新の会は議席を初獲得したものの、近畿以外での弱さを未だに克服できず、橋下徹(己酉)元代表のイメージを払拭できない模様。共産党とは得票率で三倍差。結党から七年目。


痛恨は参政党。七月の『参院選(茨城における比例代表=二.九六㌫)』の勢いは全く見えず、得票率・一㌫にも満たなかった。国政政党に成ってから「言論統制」の疑いが多発し、それらが響いたか?言論統制の疑いが来春までに払拭されれば、再び勢いを取り戻せる可能性もある。


NHK党と新選組は、そもそも公認候補を出せなかった。


 

日本起点の地

 この国に於いて茨城は起点の地。「高天原」があった土地とされ、日本最古の神宮「鹿島神宮(常陸国一之宮、主祭神:武甕槌大神、創建:神武天皇元年)」等、天皇家に纏わるエリア。


江戸時代には、水戸藩主・徳川光圀(戊辰)が歴史書『大日本史』を編纂。これにより「水戸学」の基となり、尊王攘夷が発展。「明治維新」の起点となった(桜田門外の変等)。


昭和時代には、第二次世界大戦で「零戦」等の航空機の製作・修理等を霞ヶ浦駐屯地にて大規模に行い、日本最大版図の起点となった。首都防衛も行った。


令和時代、茨城に政治・科学の起点となる可能性があると視ている。


優れた若者・若手達が西は福岡、東は豊洲・茨城にじわりと集まり始めている。


 

撮影記事:金剛正臣(写真:大神宮/茨城)



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