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×「国民の三大義務」⇒◎『政府の三大義務』、法学的な論理矛盾を考察

【教育論説】 十一月二十三日は「勤労感謝の日」だった。元は『新嘗祭の日』。戦後にGHQが神道を潰し、共産主義を拡げる為、祝日の名称を変更した(神道指令)。


この勤労感謝の日なると、「国民の三大義務」として教育・勤労・納税を挙げる者が出てくる。


これは法学上、間違いである(論理矛盾がある)点を指摘する。そもそも『憲法』と「法律」は異なる。これは法学部出身でないと分かり難い。憲法は主権者・国民が国家権力を縛るものだ。法律は国家権力が国民を縛るものだ。この法学の大前提を押さえていないと、意味が分からなくなる。


正しくは、以下の様に『政府の三大義務』と言うべき。

  1. 教育環境を整える義務

  2. 勤労環境を整える義務

  3. 納税環境を整える義務




<憲法=全公務員が護らなければならない>

 「国民の三大義務」との論理矛盾について説明する。憲法は誰が護らなければならないのか?法学の大前提を押さえていれば分かるだろうが、「憲法尊重擁護義務」より国民ではない

第九十九条(憲法尊重擁護義務):天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。


その一つ前に『憲法>法律』と定めている。

第九十八条(最高法規): 第一項;この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。 第二項;日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。


内閣(行政府)や国会議員(立法府)が作った法律群は、主権者・国民が定めた憲法に反してはならない。憲法に反している、と裁判所(司法府)が判断すると、憲法違反(違憲)となる。一票の格差の様に是正、ないし該当する法律を廃止しなければならない。

主権者・国民が一番偉い(象徴天皇を除く)。



国民が政府へ義務を負わせるもの

 以上より、憲法内に国民の義務を置く事が如何に異常かが分かる。国民の義務は、憲法ではなく、法律で定めるものだ。


従って主権者・国民は広義の政府(三権)に対し、以下を負わせた

  1. 教育環境を整える義務

  2. 勤労環境を整える義務

  3. 納税環境を整える義務


国民が生活に困らない様に、政府へ「適切な教育環境を整えろ!」「適切な勤労環境を整えろ!」、そして国家財政が無茶苦茶(ハイパーインフレや通貨「円」の信用棄損)にならない様に「平等な納税環境を整えろ!」と。



適切と平等

 この“適切”という文言は、以下の「生存権」より。

第二十五条(生存権): 第一項;全て国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する 第二項;国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない


ただの「最低限度」ではない。健康且つ文化的な「最低限度」の生活をする権利が国民にあり、政府は国民の全生活面で努力義務を負っている。政府がこの努力を怠っている、と主権者・国民が判断すれば、違憲として政府を訴える事ができる。



先の“平等な”という文言は、以下の「法の下の平等」より。

第十四条:第一項(法 の下の平等);全て国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係に於いて、差別されない。


これは命が平等ではなく、法(=憲法+法律や条例)が平等という意味。「軽減税率」や「インボイス制度」は平等性に欠けるので、違憲の疑いがある。




<共産主義の憲法学者>

 以上より、「国民の三大義務」というものは無い。この論理矛盾は共産主義の憲法学者達が提唱したもの。中華人民共和国の様な「共産主義国家」では、国民に主権は無い。依って政府がその国民を強制できる。


日本は「自由主義国家」なので、憲法内に国民の義務がある筈が無い。『政府の三大義務(教育・勤労・納税)』と言うべきだ。


因みに、現在のアメリカ合衆国にも事実上、国民に主権が無い。筆頭は「財政主権」。国家財政を誰が握っているかは重大である。お金を刷る主体の日本の中銀「日銀」は、日本政府が保有。一方、米国の中銀「連邦準備制度理事会(FRB)」は、米国政府ではなく、民間銀行群が私的保有している。これでは国家財政を国民によって意思決定できない。米国は非常に不自由である。



緊縮財政に違憲の可能性

 さて、令和時代に義務教育だけでは、健康且つ文化的な「最低限度」の生活ができなそうなので、高等教育を無償化にする義務が政府にある、と言える。同じ様に、派遣やパート・アルバイトでは、健康且つ文化的な「最低限度」の生活ができなそうなので、就職環境を整え、GDP(所得)を挙げる義務が政府にある、と言える。


さすれば、財務官僚による財政緊縮は、全国民が健康且つ文化的な「最低限度」の生活をできないので、憲法違反となり得る。子どもの自殺数増・イジメ増・未婚非婚の理由が所得等は、心身の健康且つ文化的とは言えない。


この法学無知の上の世代が多い為、安倍内閣は「ゆとり教育」を終わらせ、法学を小中高で学ぶ事とした。その新たな教育世代をハイムでは「法学世代」と呼称している。若者若手は子どもに負けず、法学、特に憲法から学ばれたい。

論理矛盾を来たしている共産主義の学者達に負けない様に。

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